大野山 浄光寺

平安時代末、平将門がこの地に城を築いたときに、その城内に毘沙門天を安置するお堂が創建したのを当寺の起源とする古刹である。毘沙門天は、仏教の四天王の一人で、北方を守る守護神で別名「多聞天」と言われる。この多聞天を祭るお堂「多門堂」が最初とされている。そのため、「たもんどう」がなまり「たまんぼう」の愛称で親しまれている。鎌倉時代の1200年代、日蓮聖人が現在の中山に来られた時、その高弟の一人、中老僧越後阿闍梨日弁上人により真言宗より日蓮宗に改宗されたと伝えられている。その後、この地を訪れたといわれる大仏師運慶の手によると言い伝えられている「願満無乳仁王大力神」が奉納されてより、仁王門が創建され、この仁王様は乳無仁王とよばれ市川市の重要文化財に指定されている。お乳の病気(乳がん等)平癒や子育て祈願として古来から信仰を集めている。